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稽古場より

4月下旬、テーブル稽古から始まった「花いちもんめ」
ひとり芝居の稽古場はとにかく静か。

 さて「花いちもんめ」の作者宮本研の戯曲「明治の柩」、1970年下村先生の演出により我が劇団で上演しています。今回演出の手塚敏夫さんは当時我が劇団に在籍していました。劇団発足当時は職場演劇が盛んで、下村先生は全逓の職場演劇サークルにかかわり、そのつながりで宮本研氏とも交流があったとのこと。
 
『花いちもんめ』について
1981年より始まった中国残留孤児訪日調査。
この作品は満蒙開拓団の女性の話で、翌年1982年執筆されました。
現在中学校の国語教科書にも取り上げられています。



満蒙開拓団





【花いちもんめ】
戦後は終わったとする風潮に対して、いまだ終わっていない戦禍の跡を示しながら、1999年、中国残留孤児の肉親探しの集団訪日は終わりました。国策と国際関係のために入植し、その急変によって捨てられた人々がいました。勝敗にかかわらず戦争はいつも最も弱い部分を直撃します。その傷は弱いが故に深く、癒されることなく続きます。戦後補償や戦争責任、加害や被害という議論以前に、そのことはしっかり胸に刻んでほしいと思いました。

■宮本研(みやもと けん) 
1926年-1988年。劇作家。熊本県に生まれる。
父の勤務地北京で北京日本小学校6年に編入。北京日本中学校に入学。
1944年中学校を卒業し帰国。大分経済専門学校に入学。軍需工場に学徒動員される。
九州帝国大学経済学部に入学。大分県立第二高等学校教諭となり演劇部を創立。
1951年上京。在日本大韓人厚生会に勤務。
翌年より法務省保護局特別調査課に勤務。「麦の会」の助言者となり演出を担当する。
1962年法務省を退職し本格的な劇作生活に入る。評論・ラジオ・テレビドラマを多く手がける。
ぶどうの会への書き下ろし「明治の柩」初演。芸術祭奨励賞脚本賞を受賞。
第8回岸田戯曲賞を受賞。「木口小平は犬死」「とべ! ここがサド島だ」「俳優についての逆説」 「聖グレゴリ−の殉教」「朱鷺の墓」「櫻ふぶき日本の心中」などを発表。
1976年文芸座初演の「夢・桃中軒右衛門の」が中国大使館より抗議を受ける。
1980年代より商業演劇も多く手がけるようになる。
1982年「花いちもんめ」を地人会が初演。
【学校図書HPより】

舞台監督の星野を筆頭に、若手劇団員有志が仮舞台を組んでくれました。
遍路道が少し見えてきました・・・

   和泉 れい子 (今回演出助手を担当)
劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 09:00 * - * -

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