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「花いちもんめ」終わりました


 ☆【於:東演パラータ】 「花いちもんめ」千秋楽

手塚敏夫さん
私たちの大先輩であり、今回「花いちもんめ」の演出を担当してくださった手塚敏夫さんです。

東演として活動を開始して日の浅い頃入団し、下村正夫先生から多くを学んだとのこと。演劇活動を通して社会と向き合った若き時代の話、今は亡き先輩諸氏の
エピソードなど、折に触れ話してくれました。















6月初旬、東演パラータでの稽古ができない日があり代々木にある「パオ」
をお借りしました。

ここはかつて手塚さんが主催していた「劇公房燐」の稽古場。現在はそこも解散し、ときおり稽古場として貸し出されています。









唯一の出演者尾崎節子です。

永い間あたためていた今回の企画をやりとげました。

ほんとうにお疲れさまでした。









 
 
星野
出演者がひとりでも掛ける手間は同じ。この企画をみんなで後押し、 バラシも全員でとりかかりました。


左はこの装置の制作&舞監の星野真広。
彼なくしてこの舞台はありえなかったでしょう。





お越しくださった皆々さまほんとうにありがとうございました。

次回公演は東演夏の定番「月光の夏」。パラータでも公演を予定しています。

    和泉 れい子



劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 13:16 * - * -

「花いちもんめ」初日

 ■「花いちもんめ」初日

いよいよ尾崎節子ひとり芝居
「花いちもんめ」初日です

制作の田中勝さんお手製の看板で
お客様をお迎えします








2 大勢の劇団員が受付の手伝い
 出演者が一人なのでほとんどオフキャスト
 賑やかな初日の受付です







1素敵な花々から覗く
劇団の華?ふたり

ムフフ・・・





「花いちもんめ」 6月19日(日)までパラータで公演中です

   和泉れい子
劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 09:35 * - * -

「花いちもんめ」仕込み!!

尾崎節子一人芝居「花いちもんめ」初日まで、残すところあと一週間。

今日は仕込みの日です。

パンチ(舞台用のカーペットみたいなもの)を貼り、
どこにどのパネルを置くか図面と照らし合わせて寸法をとり、
チョークでラインをひく。


そしてパネル置いたり、色んな加工をしたり…



男の子は釘を打つのも、手際いいしやっぱり上手い。

私のそれっぽく持っているなぐり(金づち)は、ほとんど控え選手です(笑)



いやぁすごく迫力のある舞台装置になりそうです(^O^)/



そして、お昼は我等がトッポ(腰越)さんお手製カレー♪♪

みんなでワイワイと大家族みたいで楽しいです。

夜は手作りのり巻き、らっきょをつまみに一杯。

さぁもうひと頑張り!!


小川由樹枝
劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 18:25 * - * -

『花いちもんめ』!

201105271728000.jpg
初日まで20日をきりました!
稽古後の尾崎節子さんを激写!いたしました!
衣裳をパリッと着て、稽古に励んでおります。
稽古後に、疲れていても、この!素敵な笑顔です!!!


『花いちもんめ』のチケットは、絶賛!発売中です!
18日は売り切れておりますので、ご注意ください。
パラータは客席数が少ないですので、ご予約はお早めに!

お待ちしております!
劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 19:11 * - * -

稽古場より

4月下旬、テーブル稽古から始まった「花いちもんめ」
ひとり芝居の稽古場はとにかく静か。

 さて「花いちもんめ」の作者宮本研の戯曲「明治の柩」、1970年下村先生の演出により我が劇団で上演しています。今回演出の手塚敏夫さんは当時我が劇団に在籍していました。劇団発足当時は職場演劇が盛んで、下村先生は全逓の職場演劇サークルにかかわり、そのつながりで宮本研氏とも交流があったとのこと。
 
『花いちもんめ』について
1981年より始まった中国残留孤児訪日調査。
この作品は満蒙開拓団の女性の話で、翌年1982年執筆されました。
現在中学校の国語教科書にも取り上げられています。



満蒙開拓団





【花いちもんめ】
戦後は終わったとする風潮に対して、いまだ終わっていない戦禍の跡を示しながら、1999年、中国残留孤児の肉親探しの集団訪日は終わりました。国策と国際関係のために入植し、その急変によって捨てられた人々がいました。勝敗にかかわらず戦争はいつも最も弱い部分を直撃します。その傷は弱いが故に深く、癒されることなく続きます。戦後補償や戦争責任、加害や被害という議論以前に、そのことはしっかり胸に刻んでほしいと思いました。

■宮本研(みやもと けん) 
1926年-1988年。劇作家。熊本県に生まれる。
父の勤務地北京で北京日本小学校6年に編入。北京日本中学校に入学。
1944年中学校を卒業し帰国。大分経済専門学校に入学。軍需工場に学徒動員される。
九州帝国大学経済学部に入学。大分県立第二高等学校教諭となり演劇部を創立。
1951年上京。在日本大韓人厚生会に勤務。
翌年より法務省保護局特別調査課に勤務。「麦の会」の助言者となり演出を担当する。
1962年法務省を退職し本格的な劇作生活に入る。評論・ラジオ・テレビドラマを多く手がける。
ぶどうの会への書き下ろし「明治の柩」初演。芸術祭奨励賞脚本賞を受賞。
第8回岸田戯曲賞を受賞。「木口小平は犬死」「とべ! ここがサド島だ」「俳優についての逆説」 「聖グレゴリ−の殉教」「朱鷺の墓」「櫻ふぶき日本の心中」などを発表。
1976年文芸座初演の「夢・桃中軒右衛門の」が中国大使館より抗議を受ける。
1980年代より商業演劇も多く手がけるようになる。
1982年「花いちもんめ」を地人会が初演。
【学校図書HPより】

舞台監督の星野を筆頭に、若手劇団員有志が仮舞台を組んでくれました。
遍路道が少し見えてきました・・・

   和泉 れい子 (今回演出助手を担当)
劇団東演 * 「花いちもんめ」日誌 * 09:00 * - * -
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